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「サラの鍵」

1週間に二度も映画を観るとはなんと贅沢な・・とドキドキしつつ、上映期間が終わってしまうので慌てて観にいったフランス映画、「サラの鍵」
最近ちょっとフランスづいてるなあ。
いまテキストで勉強しているのもフランス文学(先月テスト受けた科目の関連)だし、テキストに出てくる中にもちょっと読んでみたいと思う本もちらほら
そしてきっとそのうちフランスにまた行ってみたくなる日が来るのかも。

しかしこの映画はとてもシリアスなジャンルで、とても行きたくなるかもーなんて話しではない。
この映画の題材は、第二次世界大戦時期の1942年に、実際にパリであったフランス警察によるユダヤ人一斉検挙・・いわゆるユダヤ人狩りによって人生を狂わされた人々だ。
サラは、その時代に、パリのマレ地区というユダヤ人居住区に住んでいた可愛らしい10歳の女の子。
原作もものすごく話題になったそうだが、恥ずかしい事に私は、その両方・・パリでの事件も、この原作も・・・知らなかった。

もし歴史を忠実に描くだけだとしたしたら、つらすぎて映画にならないのではと思う。

原作に基づき描かれたこの映画では、今の時代に生きる45歳の女性ジュリアがその事実を自ら調べ、受け止め、自分の人生にさえ影響を受けていく、という筋立てになっているところが素晴らしいと思った。
ジュリアが夫の両親から引き継いで住む事になったアパートが、ジャーナリストとして仕事で調べていたユダヤ人狩りの事件と無関係ではないのでは・・・と気づいたところから、取り付かれたように事件の詳細を調べることにのめりこむ。
並行して、その事件、1942年7月の殆ど誘拐にも近いような警察のユダヤ人検挙の様子がサラとその家族を中心に描かれる。
どんなに凝った演出のホラーよりも、この検挙の様子をリアルに再現された様子を眺める方が数段恐い、と感じた。別に殺したり、殴ったりして連行するわけじゃない。
有無を言わせない。この先どうするか一切教えられない。トイレや水はない。
たったこれだけでも人間おかしくなってしまう。
10歳のサラは、可愛い弟を守ろうと、警察が来た時に「かくれんぼと一緒だから」と弟を鍵付きのクローゼットに隠し静かにしてるように、と約束して家を出た。すぐ帰れると信じて。
だから、恐怖の中にいても「自分はどうなるのか」よりも「弟を早く助けに行かなくちゃ」とばかり言って、両親と引き離されてからも、何とか脱走の手段を考える。
サラは他の誰よりも意志の強い生命力のある少女だった、という事なのか、一か八かのワンチャンスを生かして、心の底からユダヤを恨めない数少ない心優しい人の行為を助けに、この収容所から脱走、そして・・・。

このフランス人によるユダヤ人一斉検挙の「ヴェルディブ事件」と言われる出来事は、1995年にシラク大統領が公に認めるまで、フランス人でも知らない人が多かったそうだ。

当時ドイツの支配下になったからだが、フランスで検挙された7万人ものユダヤ人がその後アウシュヴィッツなどで命を失っていた。
もちろんマレ地区やヴェルディブという競技場(ユダヤ人達が閉じ込められた)周辺に住んでいたフランス人は知らないわけなかったわけで、映画の中でもジュリアが取材を進めていく中で、当時を知る老人、その子孫達がこれ以上この事に深入りしないでくれ、今さら事実を知って誰が幸せになるのか、と逆にジュリアが責められることになる。
この「今さら事実を明らかにして、誰が幸せになるのか。できれば忘れさせてくれ」という言葉は、戦争などの負の歴史の中で、秘密にされていた真実を明らかにするとき、誰かが口にする言葉。
テレビのドキュメンタリーなどでこの言葉を聞くとき、本当にどっちがよかったんだろうか・・と答えがわからずにいた。
特にその次の世代にとっては、そしてひどい事をした側というのは、一体どこまで罪の意識を持つべきなんだろうと考えるし、考えるのをやめたくなる時だってある。
でも「サラの鍵」では、ジュリアが自らも傷つき、自分の人生にダメージがあったとしても真実を知ろうとした事が、決して無駄ではなかったという事を最後のシーンで伝えている。
ジュリアがやっと最後にたどり着いたサラの息子の言葉で、サラとジュリアが時を越えて通じ合う瞬間になった。

ジュリアがここまでのめりこんだのは、彼女自身がアメリカ人で(夫がフランス人)フランスを客観的にとらえようとできたというのも大きいと思うが、45歳で高齢妊娠し、今さらあきらめろと夫に言われる出来事が並行してあったことで、命を守りたい、イコール、このサラという少女に生き続けていてもらいたい、と願いながら彼女の足跡をたどっているように見えて、なんだか同世代としてすごーく伝わってくるものがあった。

観終わったあともずーっとあとを引く感覚は、「チェンジリング」に匹敵するくらいだったけれど、この映画には最後に「希望」があった。主演のクリスティン・スコット・トーマスという女優さん、すごく素敵
こういう秀作を観てしまうと、ちょっと次に観る映画のハードル上がってしまいそうです。

<今日の小さい春>

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