映画・テレビ

試験終わった〜!

とは言っても1科目の受験ではありましたが・・・coldsweats01
今年の七夕は定期試験だったのだ。
先週は毎日大雨か猛烈な暑さで、とてもお出かけするような気候でなかったから毎日机に向かって勉強するしか•••というわけでもなく、試験前に唯一大切なアポ、いやイベント、いや約束だけは実行してしまったcoldsweats02
それは映画「真夏の方程式」を見に行くことlovely
親に隠れて友だちと繁華街に行く中学生のようは後ろめたさを持って、なんとなく相方君にもこそこそと出かけた梅田の映画館、公開一週目。
コンサートも一緒に行く程のお友だちとでさえ「ドラマがアレだったから映画は少し感動できるといいよね」的姿勢で鑑賞しましたが...すごくよかったshine
ガリレオはやっぱりドラマに比べて映画が断然いいなheart01
それはもちろんましゃの顔があの大スクリーンに大写しという点はさておいたとしても、作品全体の雰囲気がすごくよくまとまってる気がした。
映像はまさに「真夏の」という雰囲気。
夏休み、海、日焼けした子供、海辺の民宿、自由研究・・・誰もが知ってるそんな平和そうなパーツが揃っているのに、湯川先生が関わるのは、複雑な背景を持った殺人事件。
そして今回も「容疑者Xの献身」と同じような、人間のせつなさ、悲しみが描かれてる。
やはり原作がいいのだろうなーbook
そして観た人の殆どがきっと高い評価をしたのが、杏ちゃん(あんちゅわ〜んdelicious)の好演だろう。
杏ちゃんこそ海女ちゃんだったんじゃなかろうかという日焼けした笑顔&しなやかな潜りっぷり。
少し憂いを秘めた感じも役柄にぴったりだった。
これはやっぱり早く観にきてよかった*\(^o^)/*と満足感たっぷりになったが、この日はこれでは終わりませんでしたhappy01
何を隠そうこの日は大阪舞台挨拶で、ましゃ達が大阪にやって来ている日。
チケットは外れてしまってたけれど、せめて同じ映画館で別の回のを...という乙女な行動でこの日を選んだのだ。
映画館のビルを出て歩いていたら、映画館の駐車場への入り待ちをしている人々がたくさん!
もしや間もなくやって来る?
お察しのとおり、我らは少しだけそこで待ってしまった。
やがて期待通り彼はやって来て、スモークガラス越しに大きく手を降ってくれたのを間近に見て、「おぉさっきスクリーンの中にいた人が目の前に」と興奮しながら帰ったnote
周りがみな女子だったので、頭一つ出ている私がましゃにはたぶん見えたと思う、と何人かに言ったら「みんなそう言ってると思うよ」と全員同じ反応だったcatface
しかしこれはヨン様ファンのマダムの行動に似て来てはいないだろうかsweat01
エスカレートはしないと思うけど。
まあ、そのあと夕方までには帰って、そのドーパミン出まくりの頭で試験勉強がはかどったので、まだ大丈夫...かな?
とにかく映画もよかったし、試験も無事乗り越えられた。めでたしめでたし
japanesetea

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インパチェンス「カリフォルニアローズ」

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やっぱりドラマが好き

おとといの「ガリレオ」に病み上がりの天海祐希が出演していた。
ああ元気に復活されたのねweepとファンとしては一安心。
そして湯川教授とのツーショットシーンには、ただただ美男美女だな〜lovelyと惚れ惚れしながら見てしまった。
まあ今回の「ガリレオ」のストーリーや演出についてはコメントしませんがcoldsweats01
4月からの連ドラで一番楽しみにしていたのはもちろんガリレオ先生だったけれど、実際ホントに楽しんで見てきたのは「空飛ぶ広報室」と「鴨、京都へ行く」だったりした。
両方と毎回ちょっとホッとするシーンがあって、多少見逃してもあらすじが想像できる感じの平和的展開spa
しかもコミカルな台詞を自然に喋る俳優さんたちばかりで。
特にお気に入りなのは、水野美紀の柚木さん。おっさん自衛官を自認するあの男らしいしゃべり方、そして「...なんてな」発言。和久さんですよ。いかりやさんですよcat
ドラマはあまりリアルタイムで見られないので、お昼ご飯食べながら一人で見る事が多いから、ついこんなドラマにひとり笑い声をあげ、ひとりキュンキュンする怪しいひとりランチだriceball
3月までの「とんび」にも毎回泣かされ、しかもすごい遅れて見たから(最終回は何と先週見た)、誰ともわかちあえないというのも残念なものでsweat02
20代の頃は、紫門ふみ作品のドラマの翌日は男の先輩まで加わって昨夜のストーリー展開がああだった、主人公の子が優柔不断すぎるなどと盛り上がっていたのが懐かしいな。
今はドラマの出来栄えを置いといても、娯楽の多様化であまり同じものに自分の感想をわいわい言い合う事はないのだろう。
ところで以前通信生仲間との懇親会時、普通に世間話をしている中で、ある人気ドラマの最終回に日吉駅前が出ていましたよーと発言したら、そこにいた6人の誰ひとりそのドラマのタイトルすら知らなかったという事があったwobbly
確かに皆さんバイトも含めて仕事もあり、家族もいて。
何から削っていくかとなると、やっぱりてれびなんだなー、
ドラマやバラエティ番組をパスすることでかなり使える時間が確保できるんだな、という事を実感し、反省したのだった....その夜は
coldsweats01
あーなんとなく禁煙に失敗してる人の気分だけど、やっぱりやめられまへんなー。

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映画『舟を編む』を観ると・・・

もう本当に反省して、もっとちゃんとブログを更新する生活に戻りますっcoldsweats02
と、しょっぱなから誓いを立てる。
GWも終わっていい加減春のふわふわとした不安定感はおしまいにしないと。
読んだ本の感想や見た映画のこと、出かけた先で出会ったものを残したい、と思って書いてるんだから、もちょっと頻繁に書かないとねcoldsweats01はい。

さて今回はやや遡り、GW直前、4月の終わりに観に行った今年初の映画鑑賞『舟を編む』のことを。
感想を一言でいうならば、すごく丁寧に作られた温かい作品。

原作を読んでいない事が前提になるけれど、どの登場人物も、そのキャラクターをしっかり演じる事のできる俳優さんばかりだから、見ていて引き込まれるし何より「なんかこういうタイプの人、好きだなあ」という人物がたくさん登場するのだconfident

又、神保町の雰囲気も懐かしいし、お料理は飯島奈美さんの監修だから画面も全体的に素朴さに溢れている。
何より松田龍平は本当にすごい役者さんなのだと思う。
この間までやっていた「まほろ駅前」の行天を見ていても、なんか汚らしいキャラの男の子なのに憎めない感じに魅かれるし、「探偵はBARにいる」の北大生でも、脱力系なのに武闘派のように強いというギャップに面白い子でいいよな~・・・と。
そして今回の馬締(まじめ)くんは、そういった器用なのに不真面目な若者でなく、ただただ時代遅れの読書青年という方に近く、彼がこんなにたくさん台詞を言っているのを見たのも初めてだった(といっても基本口下手の役だけど)。
2時間10分位の上映時間の中で15年以上の月日が流れていく設定なのだが、辞書作りという気の遠くなるような一大プロジェクトの進捗と共に、人間・馬締光也が変化していく様子が、外見だけでなくちょっとした身のこなしや言葉の発し方という演技の部分でさりげなく(でもすごい練ってる感じ)表現していて、宮崎あおい以上にナチュラルなのだったshine
コミュニケ―ション力に難ありでこの子社会に出て心配よ、と思うような若者が、周囲の人たちの優しい愛と影響力+自分の小さな努力の積み重ねで、すっごく素敵な大人になるのを見守るのってすごくうれしいじゃないですか。もう終わりに近づくと感慨にふけってしまうほど。

もちろん彼と深く関わるオダギリジョーもかなりの好演技だったし、あおいちゃんはいつも通りの安定したあおいちゃんで。
そして映画の核である辞書作りbook
『大渡海』というそのネーミングにも深い意味があり、出版社トリビアみたいなエピソードも随所にちりばめられているので(その辺は三浦しをん先生の力)映画のあとは友達とその部分で盛り上がった。
人が物を調べる為の書物の精度というのは、どれだけの労力をつぎ込んで完成させられているものなのか・・・気が遠くなるとはまさにこの事。
一緒に見た友達は文学部の大学院を卒業しているので、レベルは全然違うけれどあの徹夜で頭がおかしくなりそうになりながら校正を重ねる作業のイメージはわかる、と言っていたwobbly 

スポーツ映画ではないけれど…なんか達成感みたいのが伝わってくる映画。
『大渡海』・・・うーん、買いたい。読んでみたい。

<今日のベランダ>
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1年ぶりの開花heart01

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『最強のふたり』

今朝は早めに家を出て映画館へ。
ちょうど隣の市の図書館へ本を返しに行かなきゃいけなかったから、ついでにシネコンで朝いちから映画をみようかとslate
しかし9時に映画館についたのに、すごく混んでいてびっくりだった。
レディスDayだからだけではなさそう・・・もしかして例の「踊る・・・」の効果?
自動発券機が10台くらい並んでいるけれど、何十人も並んでるよーcoldsweats02
10分位行列して何とか間に合った今日の映画は『最強のふたり』。
どうしてこう邦題は全然違っちゃうのといつも思うんだけど・・・原題は『Intouchables』。英題では『Untouchable』。コッポラのではないですよー。
同じ映画館で『夢見るふたり』もやっているのでまぎらわしいのだが(こちらは松さんとサダヲさん)、『最強のふたり』の方はフランス映画。
何となくいい映画な予感がして観にいってみたのだけれど・・・まあなんと勘のいいことdelicious今日は自分を褒めたいっ。
以前ここにも書いたイタリア映画『人生ここにあり!』に次ぐ、いやそれを越えるかも、の大好き映画になったconfident
主人公は、事故で首から足先までほぼ全身不随になってしまった車椅子の大富豪・フィリップと、スラム街出身で失業中の黒人男性ドリスという正反対の二人。

そしてこの役を演じる俳優さんももちろん全く知らない人たちで、フィリップを演じるフランソワ・クリュゼはハンサムなダスティン・ホフマンという感じ。品のある笑顔が素敵だが、体が動かない演技がうますぎてフィリップそのものにしか見えない。
そしてドリスを演じるオマール・シーはさしずめフランスのウィル・スミスといった印象。実際俳優でありコメディアンでもあるのだそうだ。二人とも演技が自然で、チャーミングで、とっても魅力的な俳優さんだったshine
パラグライダーの事故で、首から上(つまり顔)以外は動かない状態になってしまった裕福な男性フィリップは、毎日マッサージから入浴、秘書業務、コックさんとたくさんのスタッフを雇い、貴族の屋敷のような自宅が高級介護施設状態となっているのだが、身の回りの世話をする男性補助者がいつも1週間持たないで辞めてしまう、というハードな要介護者であるらしい。

事故後に妻を病気で亡くし、養子の娘もグレていて、豪華なお屋敷に何か寂しい雰囲気が流れている・・・という。

みな大富豪に雇ってもらおうと新しい補助者の募集には大行列ができるのだが、面接で口にするのは「人を助けたい」「いい事をしたい」「障害者の役に立ちたい」とキレイごとばかり。
しかしドリスは、全くやる気がなくとにかく求職活動3回したというサインが揃えば失業保険がもらえるから(日本と一緒だね)サインだけよろしく、という態度の悪い青年。

でも面接でフィリップと会話し、「あまりにも相手の事を障害者だと思ってない」失礼な口の聞き方を気にいられたのか、ドリスは採用されてしまう。
前科があり家からお荷物扱いされ行くあてのないドリスにとっては、お城のようなところで住み込みで仕事を得られてラッキー・・というような導入は、普通このあとドリスが色々な失敗をしでかして事件がおこって・・・という流れになるのだろうが、そんな事は起こらない。そう、これは実話なのだ。

フィリップとドリスは絶妙な距離感で会話のキャッチボールをし、ドリスは介護は未経験だが力持ちで介助が上手、そして言われたことは真面目にするのだった。
スラム出身のいわゆる育ちのよくない若者であったとしても、人に対して偏見を持って接することのない、純粋な根アカな青年なのである。
フィリップは誰もが自分に対し障害者であるというフィルター越しに接してくることいつもストレスを感じていて、それをずっと心の奥底にしまい込み、お金で完璧なホスピタリティやケアを調達し、表面上はスマートに暮らしてきたのだった。
しかしドリスといったら・・・付き添っていく先々(全て高級なところ)で小市民丸出しの感覚のぶっ飛び発言をしてフィリップを笑わせるのだ。
オペラのステージを見ては「あの人、木?木が歌ってるよ~。」(岡本知高みたいな人が木の精の扮装で熱唱中)。

高級ギャラリーで白いキャンバスに赤い絵の具をバッとたたきつけたような抽象絵画を見ては「こんなただの鼻血ブーした絵なのにそんなに高いの?」と、ただ純粋に感じたことをフィリップに言ってしまうsmile
フィリップは笑いながらもその鼻血ブーの絵を何万ユーロも出して買ったりするところがまた笑えるのだが、決してドリスを馬鹿にしたり、ただの道化師として身近においているわけでないのはその表情からすごく伝わってくるのだ。

ドリスは、時には軽く障害者虐待という行動や言葉でフィリップをからかったりするのだが、フィリップはきっと元々はふざけたりするのが好きな人だったのだろう、うれしそーな笑顔でドリスに答える。

そういう二人のシーンを見続けているだけで、客席にいる私達はくすくすと笑いながら、同時進行で胸の中がじわじわと暖かくなっていってしまうheart04
後半になって、ドリスの詳しい家庭環境も明らかになり、その家族の事を理由に結局フィリップのお屋敷を去る事になるのだが、顔しか動かせないフィリップが窓越しにドリスが出て行くのを見ているシーンはホントにせつない。
友情でもないし、家族愛でもないし、相性という意味で「最強のふたり」だったという事なんだろうけれど、お互いがお互いの自分にないところをすごく好きで、近すぎない距離感で付き合っていくというのはどんなに気持のいいものなんだろう・・・と思う。
この距離感はやっぱりフランス人的かな。そして男同士というのもあるような気がするなー。
最後の最後まで、ドラマチックなことの少ない、でも何度もにっこり出来る場面の出てくる「いい映画」。何よりこれが実話だというのが素晴らしい。
そして音楽もnoteアースウィンド&ファイヤーとクラシックが、ドリスとフィリップそのものって感じでうまく使われている。
ところでパリの職安の電話ではホントにヴィヴァルディの「春」が保留音で流れているのかしら~happy01

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ブーゲンビリヤいま咲いてますheart01

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ジェーン・エアの人生

2週間位たってしまったけれど、今も映画のイメージが深く残っている『ジェーン・エア』。
イギリスの文芸作品の中でも世界中で最も知られている作品のひとつで、日本のどこの図書館だって学校の図書室だって必ず置いている名作だbook
私ももちろん・・・中学校だか小学校高学年だかの頃に読んだし、自分の本棚にも確か長いこと収めていたような気がする。
けれど、今回数度目の映画化で、あらためて思い出しそうとしても、全くストーリーを思い出せないのだったsweat01情けない。

一方で原作者のシャーロット・ブロンテについては割と最近の思い出がある。
6~7年位前に、スコットランドでレンタカーをしてイギリスのヨークシャー地方や湖水地方などを車で回るという贅沢な旅をGWに決行したことがあるのだが、その時に一泊したのがブロンテ姉妹の住んだハワースという小さな町。
しかもブロンテの牧師館(お父さんが牧師なのでここがお家)の斜め前に立地する築150年のB&Bだったのだ。
ハワースはとにかく風が強くて、丘がたくさんあるから平地に住宅地が広がっている場所が少なかった。ロンドンとはもちろん全然違うし、オックスフォードやコッツウォルズなんかののんきな田園風景とも違うどちらかといえば陰の雰囲気のある地域という印象だ。
そして姉妹がずっと住んでいた牧師館は現在ミュージアムになっていて、彼女達の着ていた服や使っていた万年筆、原稿をたくさん見ることが出来る。
窓から見える庭の先には姉妹のお墓もあって、ブロンテ姉妹が間違いなくずっとこの土地の人だったと実感しながら見学した。
・・・と前置きが長いですが、その三姉妹の末っ子シャーロットが書いた『ジェーン・エア』のテーマはどんなものだったのか。
最新版のこの映画の端々でヒロインが口にした「自立」という言葉。
舞台は19世紀、そして作品も19世紀に発表されていて、この時代に女性が自立することがいかに異端だったか、そしてそれを小説のテーマとして発表してしまうことがどれほど衝撃的だったかが、いまなら何となく想像がつく。
19世紀のイギリスでは、地位も財産もある家の娘しか幸せな人生を得ることが難しかったというのは、最近BSで観た『いつか晴れた日に』(主演はエマ・トンプソン)でも観たし、不幸を背負った教養のある独身女性が住み込みの家庭教師になるというのも小説や映画で何度も目にした設定だ。
そんな時代に生まれたジェーンの生い立ちは・・・私のうっすらとした記憶では孤児院育ちのかわいそうな子、という感じだったが、元々は位の高い家の娘で、だからこそ品もあり、幼くても自尊心を持った少女だった。

両親が小さい時に亡くなったため孤児になってしまい意地悪な叔母に引き取られたことから人生マイナー街道まっしぐら。。。という不幸。
濡れ衣を着せられたり、クレイジーな従兄弟に暴力を振るわれたり、叔母にうとまれ問題児として孤児院へおいやられたという・・・大映ドラマのような幼少期なのだ。
孤児院でも聖母のような先生にめぐり合うことなどできず、ジェーン・エアは一人で大きくなったようなものだし、おそらく人を信頼することなど絶対しないと決めて成人してしまったのではないだろうか。
今回の映画では、こういったジェーンの生い立ちは比較的描写が少なめだが、そんな固くて絶対開く事のない蕾のような心を持ったジェーンが初めて自立した女性として開放され、ある領主のお屋敷に家庭教師として雇われ、自分の人生を歩いていく辺りを多く描いている。
もちろん映画の肝になるのは、雇い主である領主ロチェスターとの恋とその悲劇的な展開なのだが、私の印象に残ったのは、ジェーンがずっと「ジェーン・エア」でいようとする姿である。
そうなのだ。結婚し誰かの妻として生きる事になれば苗字はエアでなくなるのだが、ジェーンは長く辛い未成年の時期を耐え、やっと誰からもうとまれず、自分のペースで生きることが出来るようになったのだから、これからも自分だけを信じて生きていこう、と決意しているように感じられるのだった。
だから自分を愛してくれる男性との出会いも、孤独に生きて来た女性にとっては夢のような出来事ではないかと思うのだが、ジェーンは自分を相当説得して、凍結させてしまってた恋心を溶かすのにかなり時間がかかっているように見えるconfident
もう苦労しなくていい人生が目の前に提示されているのに、それでもジェーン・エアのままでいることと天秤にかけるなんて、どれほど人間不信なのかと思ってしまうが、それはこの映画の冒頭シーンを思い出すことでちょっと理解できる。
ロチェスターとの悲劇的な出来事のあと、彼の目を盗んで屋敷を逃げ出すジェーンが冒頭の数分間描かれるのだが、その領地の広いことdash
走っても走ってもなかなか領地を脱出できない。近所の家もない。雨の中、芝と石垣と時々樹木、という広大な土地を無防備に逃げる。でもまだまだロチェスターの領地が続くのだ。
つまりこの時代の女性というのは嫁いだあとは人生の殆どを閉じ込めたような場所で過ごすのだ。
うーん、きっと当時この小説を批判した貴族の男性は多かっただろうなあ。

2世紀前の話しとはいえ、ジェーンの人生を見ながら、結婚に限らず女性の自立ってどういうことかとか、ひとりで生きていくことが十分可能になった現代は何が違うのかをあらためて考えてみたりするのに、過去の時代を見返すのは悪い事じゃないな、と感じた。
ところでジェーンを演じているのは『アリス・イン・ワンダーランド』のミア・ワシコウスカという憂いのある女優さん。
笑顔を殆ど見せず、心に秘めた芯の強さが表情からにじみ出るところが若き女性ジェーンという雰囲気にぴったりshine

すごく美人じゃないというのもジェーンらしくて・・と思いかけたところで、やっぱり原作もう一回読まなきゃ、と思った。

そしてそれをテレパシーで感じでか、一緒に観た友人(彼女の卒論はシャーロット・ブロンテなのだ)が、早速原語版と日本語訳の二冊を「読んでくださ~いheart02面白いですよnote」と貸してくれたbearing

きゃー分厚いわ。英語版wobbly

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『ミッドナイト・イン・パリ』

家に引きこもってやっていたレポートも提出し、水曜日はいつものように朝から英会話。
となると、せっかくちゃんと身支度して出かけるのだからやっぱりレディスDayを利用して映画を見たいheart02
先週金曜の日経夕刊の映画評で気になっていた『ミッドナイト・イン・パリ』を見ることにしたeye

ウッディ・アレンの監督・脚本(今回は出演なし)で、どうやら1920年代のパリがたくさん見られるらしい。最近1800年代のフランスに頭がいってる私にとっては、これを見ないで何を見る、という感じだheart02

おおまかなストーリーとしては、ニューヨーカーのカップル(婚約中)が、彼女の父親のビジネス出張に便乗してパリに旅行に行く。現実派でキュートな彼女に対し、彼氏は普段は売れっ子シナリオライターながら作家志望の、ちょっとマイペースで夢想家の青年なのだ。この彼氏がノスタルジーな昔のパリに憧れ、パリに到着しても小説や映画に出てくるようなメルヘンな行動ばかりをしたがる(雨の中をわざわざ歩いて帰るとか)事が、彼女や両親をいらいらさせ、とうとう単独行動でホテルに戻ることになった夜の街中で1920年代のパリの街に紛れ込む・・・というような話し。

この青年を演じるのがオーウェン・ウィルソンで、とにかくわかりやすいキャラなのがいいhappy02

パリに来てウキウキわくわく、何もかにもが感激、ここに住もうここに住もうと彼女に言いながら、両親や友人夫妻に連れまわされる様子がしつこい犬みたいで面白いんだもんsmile

そしてタイトルのごとく、深夜0時を過ぎてからの数時間の間のみに出会うことの出来る1920年代にパリに住んだ芸術家たちの「なりきってる感」にウッディ・アレンのうまさが出ているところで、ピカソにしてもダリにしても、ぎりぎりパロディーとはいえない雰囲気でしかもすんごく似ている(たぶん)俳優さんたちが演じているのだflair

青年がヘミングウェイやスコット・フィッツジェラルド(『グレートギャツビー』の人ですね)といった憧れの作家に会っていちいちびっくりする顔も、「そりゃ驚くよね~」と見ているこちらが笑ってしまうほどの感激した感が出ていて、後半ストーリーがどのように完結しても許そう、と思えるほど愛情を持って見守ってしまった。

会えるはずもない過去の人達との交流を通して、徐々に青年は「人はいつも現在に不満を持っていて、もっと昔、もっと昔、と過去に憧れるものなんだ」ということを知るのだが、メッセージ性らしきものはそれ以外あまりなく、もうスクリーンに映し出されるパリを楽しむのみ。

あっさりとした結末がこれまたウッディ・アレンらしく、あー面白かったなとシンプルに思える映画だったdelicious

私が一番ツボだったのはダリの人なのだけれど、あとで調べたらあの「戦場のピアニスト」の人だったwobblyあららなんだかキャラが・・・coldsweats01

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『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』

アメリカのアカデミー賞の時期には多少紹介されたけれど、受賞作品が日本で続々と公開され始めると『アーティスト』や『マーガレット・サッチャー』の影であまり宣伝されなかった感のある『ヘルプ~心がつなぐストーリー』。
4月の初めに観にいったのだけれど、客席も割とガラガラだった。
しかし2時間26分という上映時間もあっという間といえる位素晴らしい作品だったshine
舞台は1960年代のアメリカ南部・ミシシッピー州の白人達が住む高級住宅地。
その舞台で描かれるのは、ヘルプと呼ばれる黒人のメイドの女性たちと、その反対側にいる差別意識いっぱいの白人女性たち。
この映画の何が素晴らしいって、このヘルプを演じる女優さん達が誰もかれもがドキュメンタリー映画のようにリアルだということ。
外国の女優さんを見るのに白人とか黒人とか意識することは私自身はあまりないのだが、やはり一般的にはものすごくスタイルが良くて顔が小さく整っている人ばかりだもんね(ウーピーは別)coldsweats01
この映画に登場する人たちは見事に体型もお顔もとっても庶民的。
もちろんそればかりではないのだが、彼女達の表情や話し方、そして家事を行う所作は本当にその時代のメイドさんそのものみたいだ。

働きづめの生活の中にもささやかな息抜きを見つけ、雇い主宅の子供には仕事である事を越えて大きな愛情を注ぐ。

ヘルプの彼女達の立ち働く様子を見てると本当に素敵で、それが一層白人の若い女性達を「着飾ったニワトリ」みたいな感じに映し出すような感じもするのだ。

この映画の主題である「差別」は、白人達のあからさまな態度があらゆる場面で表現され、どんなに自分の娘に献身的に尽くしてくれるヘルプでも、自分のトイレは絶対使わせない。何故なら身分が違うから。何故なら絶対変な病気が移るから(もちろんうそ)。

真剣な顔をして「メイド用に外にトイレを作った方が転売時に高く売れる」なんて情報交換をしている。

都合が悪くなると、何かを盗んだといいがかりをつけてクビにするなど典型的エピソードも出てきながらも、正直日本人の私にとっては日常生活の中で実際どんな差別が行われてきたのか(いるのか)やはりわかっていなかったのだなあと感じた。

そんな中で光となるのは、ひとりは白人家庭の娘ながらもそういった差別に反感を持ち、育ての親とも言える自分のヘルプを大好きだった作家の卵・スキーター。

そしてもうひとりが、リッチな男性と身分違いの結婚をした同じ白人から仲間外れにされている下流階級出身のブロンド若妻シーリア。この子ベティーちゃんみたいですごくいい味出していたnote

差別をなくしたいと願っても決して口に出すことのできない環境の中で(報復されるから)、スキーターはペンの力を使ってヘルプがどんな扱いを受けているのかを世間に伝えたい、という。

一方でシーリアは、無邪気な程の平等な感覚で自分が雇ったヘルプを心から頼り、一緒に食卓につき、嬉しいときは抱きつく。

現実味のある設定だけに、この二人の起こす行動が簡単に黒人達の心を開かせるわけでもないし、白人たちが心を入れ替えるわけでもないのだが、脇役として登場する様々な人達が意外な後押しとなっていつしかヘルプたちとこの白人女性たちは心を心を通わせ、『ヘルプ』という彼女達の告白集は完成book

欧米のリッチ層にありがちな「目の前の黒人には差別するけど遥か遠くに住む貧しい国の人には寄付をする』というような姿は本当にかっこ悪い人間の象徴で、そんな彼らが終盤しっぺ返しを受けるシーンは痛快というか、コメディのようなのだが、やはりただ仕返しをしてせいせいしました、というだけでは終わらない。

差別というのはたとえ映画だってそんなに簡単な問題ではないのだ。

エンディングのシーン、すごく良かったなー。これは女性の映画、本当にそうだなーと印象に残った。

1月頃観たフランス映画『サラの鍵』のユダヤ人問題もそうだけれど、私にはまだまだこういった知識が欠けているから、ドラマチックすぎない作品で未だアメリカ国内から消えていないであろう白人による人種差別の感覚を少し垣間見ることができたように思う。

そういえば、以前英会話の時に誰かから「アメリカ南部のどこかの州では『セサミストリート』がずいぶん長い事放映開始されなかったんですって。黒人と白人の子供が一緒に遊んだり学んだりする番組というのを嫌う白人達がいたから。」という話しを聞いて、ちょっとショックを受けたことを今になって思い出した。自由平等の国ってなんだろう。

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真冬に観る食の映画は・・・

今朝は久しぶりに暖かい日差しを窓越しに感じ、太陽ってありがたいなーとおばあちゃんのような事を言っていますsun
先週は金曜くらいから思いっきり寒く、もうそろそろ勘弁してよ、という感じ。
用事さえあれば気温が何度だろうが外にでかけていくのだろうが、さすがに街をぶらぶらする気にもならなかった。
そんなときはやっぱり映画。
映画館へは最近続けて観にいっているので、今回はDVD。
さて何を借りようか・・・。
寒い寒いといいながら、借りたのは「南極料理人」だったりしてsnow
わざわざ今より寒い映像を見なくていい気もするのだが・・・・これが意外におもしろかった。
主演の料理人役は堺雅人なのだか、観測隊員役の皆さんがそれぞれ同じ濃さで味があって、みんなが主役のような、主役でさえないような、いい感じに力の抜けた映画なのだ。
そして役者さんと同等に存在感のあるお料理shine
この映画は、南極観測隊が生活する建物内で記録映画のダイジェストのように、朝起きます、歯磨きます、トイレ行きます、ご飯食べます、といった感じで、隊員の生活を若干のトリビアも(たぶん)織り交ぜながら、そして時々くすっと笑わせながら、ものすごく淡々と進んでいく。
そして相当個性豊かな役者さんたちが、男所帯のむさい感じや、絶対逃げ出せない環境(そりゃそうだ)に閉じ込められる心理状況やいざこざ、ジャンクフードへの欲望などといった、決して美しくないエピソードを、いい感じの男くささで演じてくれるので、本当はどうか知らないが、実際観測隊なんてこんな感じなのかもしれない、なんて思ってしまう。

堺雅人が作る料理は、「かもめ食堂」のフードコーディネーター・飯島奈美さんが担当されているので、暖かくて気取らない感じで、とにかくどれもおいしそうheart04
しかし、「かもめ」と違うのは、どんなにおいしそうな食べ物が出されても、隊員たちは「うまい~」などと感激することはなく、とにかくお腹を満たすぞ、腹へってんだとばかりに、野球の強豪校の合宿所のようにむしゃむしゃと食べるのみ。
それがまた、堺雅人のさみしそうな笑顔とのコントラストになって笑ってしまうしcoldsweats01
なかでも笑えたのはラーメンのくだり。
日本人って、いや日本男子ってどうして結局はラーメンがごちそうなんだろうか。
あのラーメンのエピソードのあたりが一番隊員達がしおらしくまとまっていたというのも可笑しいが、ラーメン食べたいっと思わず口にでる程本当においしそうな映像であったnoodle

そして映画が公開されてから3年近くたってから観たからこその面白さは、高良健吾。
いまやTVでも映画でも存在感たっぷりのかっこよくて尖がってる彼であるが、この映画ではいわゆるよわっちいキャラで、先輩にこきつかわれたり、宴会では盛り上げ役になったり、あっさり彼女にふられたりする感じも「たしかに君だったらだめかもよ」と思うようなかっこいいオーラ0%のキャラで。
なのにきたろうや生瀬さんといった強烈キャラの中でもちゃんと存在感を示していたのはさすがなのだ。キャスティングの妙もこの映画のいいところ。

ところでこの映画の脚本と監督をした沖田さんという方は、最近よく宣伝している「キツツキと雨」の監督さんらしい。
小栗旬&役所広司主演が話題だが、キャストを見ると出てるぞ隊員が・・いや隊員役の俳優さん(高良君も)や他の出演者も・・・。
またひとつ観てみようかという映画が増えてしまったhappy02

<今日のベランダ>
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さくら草咲いてますよ~clover

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チューリップよりひとあし先にムスカリの芽が出てきたbud

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「サラの鍵」

1週間に二度も映画を観るとはなんと贅沢な・・とドキドキしつつ、上映期間が終わってしまうので慌てて観にいったフランス映画、「サラの鍵」
最近ちょっとフランスづいてるなあ。
いまテキストで勉強しているのもフランス文学(先月テスト受けた科目の関連)だし、テキストに出てくる中にもちょっと読んでみたいと思う本もちらほらbook
そしてきっとそのうちフランスにまた行ってみたくなる日が来るのかも。

しかしこの映画はとてもシリアスなジャンルで、とても行きたくなるかもーなんて話しではない。
この映画の題材は、第二次世界大戦時期の1942年に、実際にパリであったフランス警察によるユダヤ人一斉検挙・・いわゆるユダヤ人狩りによって人生を狂わされた人々だ。
サラは、その時代に、パリのマレ地区というユダヤ人居住区に住んでいた可愛らしい10歳の女の子。
原作もものすごく話題になったそうだが、恥ずかしい事に私は、その両方・・パリでの事件も、この原作も・・・知らなかった。

もし歴史を忠実に描くだけだとしたしたら、つらすぎて映画にならないのではと思う。

原作に基づき描かれたこの映画では、今の時代に生きる45歳の女性ジュリアがその事実を自ら調べ、受け止め、自分の人生にさえ影響を受けていく、という筋立てになっているところが素晴らしいと思った。
ジュリアが夫の両親から引き継いで住む事になったアパートが、ジャーナリストとして仕事で調べていたユダヤ人狩りの事件と無関係ではないのでは・・・と気づいたところから、取り付かれたように事件の詳細を調べることにのめりこむ。
並行して、その事件、1942年7月の殆ど誘拐にも近いような警察のユダヤ人検挙の様子がサラとその家族を中心に描かれる。
どんなに凝った演出のホラーよりも、この検挙の様子をリアルに再現された様子を眺める方が数段恐い、と感じた。別に殺したり、殴ったりして連行するわけじゃない。
有無を言わせない。この先どうするか一切教えられない。トイレや水はない。
たったこれだけでも人間おかしくなってしまう。
10歳のサラは、可愛い弟を守ろうと、警察が来た時に「かくれんぼと一緒だから」と弟を鍵付きのクローゼットに隠し静かにしてるように、と約束して家を出た。すぐ帰れると信じて。
だから、恐怖の中にいても「自分はどうなるのか」よりも「弟を早く助けに行かなくちゃ」とばかり言って、両親と引き離されてからも、何とか脱走の手段を考える。
サラは他の誰よりも意志の強い生命力のある少女だった、という事なのか、一か八かのワンチャンスを生かして、心の底からユダヤを恨めない数少ない心優しい人の行為を助けに、この収容所から脱走、そして・・・。

このフランス人によるユダヤ人一斉検挙の「ヴェルディブ事件」と言われる出来事は、1995年にシラク大統領が公に認めるまで、フランス人でも知らない人が多かったそうだ。

当時ドイツの支配下になったからだが、フランスで検挙された7万人ものユダヤ人がその後アウシュヴィッツなどで命を失っていた。
もちろんマレ地区やヴェルディブという競技場(ユダヤ人達が閉じ込められた)周辺に住んでいたフランス人は知らないわけなかったわけで、映画の中でもジュリアが取材を進めていく中で、当時を知る老人、その子孫達がこれ以上この事に深入りしないでくれ、今さら事実を知って誰が幸せになるのか、と逆にジュリアが責められることになる。
この「今さら事実を明らかにして、誰が幸せになるのか。できれば忘れさせてくれ」という言葉は、戦争などの負の歴史の中で、秘密にされていた真実を明らかにするとき、誰かが口にする言葉。
テレビのドキュメンタリーなどでこの言葉を聞くとき、本当にどっちがよかったんだろうか・・と答えがわからずにいた。
特にその次の世代にとっては、そしてひどい事をした側というのは、一体どこまで罪の意識を持つべきなんだろうと考えるし、考えるのをやめたくなる時だってある。
でも「サラの鍵」では、ジュリアが自らも傷つき、自分の人生にダメージがあったとしても真実を知ろうとした事が、決して無駄ではなかったという事を最後のシーンで伝えている。
ジュリアがやっと最後にたどり着いたサラの息子の言葉で、サラとジュリアが時を越えて通じ合う瞬間になった。

ジュリアがここまでのめりこんだのは、彼女自身がアメリカ人で(夫がフランス人)フランスを客観的にとらえようとできたというのも大きいと思うが、45歳で高齢妊娠し、今さらあきらめろと夫に言われる出来事が並行してあったことで、命を守りたい、イコール、このサラという少女に生き続けていてもらいたい、と願いながら彼女の足跡をたどっているように見えて、なんだか同世代としてすごーく伝わってくるものがあった。

観終わったあともずーっとあとを引く感覚は、「チェンジリング」に匹敵するくらいだったけれど、この映画には最後に「希望」があった。主演のクリスティン・スコット・トーマスという女優さん、すごく素敵shine
こういう秀作を観てしまうと、ちょっと次に観る映画のハードル上がってしまいそうです。

<今日の小さい春>

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「しあわせのパン」

「かもめ食堂」や「めがね」のような、これといったストーリー性もないのに何となく心地よい映画が時々観たくなって、先週末「しあわせのパン」を観にいった。
主演は原田知世と大泉洋。
意外な組み合わせにして、私の大好きな俳優コンビheart04
私は原田知世が高校の頃から大好きで、「時をかける少女」から始まった角川映画作品も大体観たし、「私をスキーに連れてって」だって相当好きだった。
いっとき俳優業を休んで歌をやっていた頃は、ちょっとあんまり歌唱力が・・・という気もしたけれど、何歳になってもすっきりと透明感のある笑顔で、ちょっとボーイッシュなフランス人みたいな雰囲気にもすごく憧れる。
こないだまでやっていた朝ドラでお母さん役だったのを見てやや違和感を持ったのは、やはり彼女の中には少女っぽい雰囲気がいつまでもあるからなのかも。

と、そんな知世ちゃんと大泉洋が、北海道の自然の中でのパンカフェを経営する夫婦を演じるなんてコンセプトだけでもすごく素敵だなあと思って、ついつい期待しすぎてしまった。

実際観た感想としては・・・洞爺湖の四季、風景、おいしそうなパンやスープ、コーヒーcafe
映像はとても素敵だったし、二人も夫婦としては発展途上のいいカップルを演じていたのだけれど、正直ストーリーとしてはやや「お約束」のものの羅列、という感じだったかなあ。
脚本と監督が同じ女性の方という事で、きっとひとつひとつの場面のイメージをものすごく考えて創られていったのだと思うけれど、それがちょっとくどくなってしまった。くどく・・というかくさい演出というか。
こういう展開見たことある、という流れが多くて、それをパンや料理がカバーしきれていなかったのかな。
食べ物のどアップ映像や音(パンを切るさくっという音とか)も、2時間の間中、常に挿入され続けると、もっとこの食べ物が魔法のように何かもたらしてくれるんじゃないか・・・なんて期待してしまうし、「パンを分けて食べる事」へのメッセージ性もちょっと弱かった。
出演俳優さんは、全て「ちょうどいい」演技をしていて、しかも中村嘉津雄や渡辺美佐子といった大御所がただの老夫婦という役どころをあっさりと演じてくれていたのに・・・。

と、珍しく残念な感想ばかりを並べてしまったのだけれど、いま疲れていて、純粋に癒されたい人にとっては、北海道の自然とおいしそうなパンが画面いっぱいに幸せを運んでくれる「優しい作品」としては観る価値があると思う。
やはり北海道の会社(オフィスキューです)が企画して創ってるだけあって、北海道の自然の美しさが存分に伝わってきたshine
そして唯一わたしが爆笑しそうになったのは、動物嫌いの洋ちゃんが、飼っているヤギをはがいじめにして可愛がったり、毛を飼ったり、決死の覚悟で演技しているところhappy02
何てことないイメージ的なシーンなのだが、ホントは泣きそうになりながら演技していたことを知っていると思わず笑ってしまうのだ。

そうそう、大切な事を言い忘れていた。最後に流れる忌野清志郎&矢野顕子の歌、すごーーーくよかったweep声からいってきっとすごく古い曲。歌声で泣かされるってこういう感じね、ってわかる気がした。ナイスチョイス!

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