読書

『運命の人』を読む

急な寒の戻りで週末はあせりましたねーwobbly
今日は日差しも復活して、ちょっとホッとしながらお花を眺めたりしてtulip

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さて今日は久々の本の感想を。
図書館で偶然見つけた山崎豊子の『運命の人』。

山崎豊子の長編小説は大体どれも読んだけれど、まさか80歳を過ぎてから新作をお書きになるとは思わなかった。

そして人というのはいじわるで、すごいすごいと言われるものに対してはそんなピカピカな筈はない、とあれやこれやと悪口を言い始めるもの。

この作品についてだって、本当にあの年齢で本人が書いたのかとか、盗作疑惑があるとか、実際の事件(『西山事件』)とあまりにも違うウソばっかり、だとか先に色々耳に入ってきちゃった(ナベツネの文句には笑った)coldsweats01

しかし好きな作家の小説を読んで題材となった歴史に興味を持つというのは、私みたいに歴史科目が苦手な人にとってはすごくありがたいきっかけになるのだconfident

とまあ長い前置きはこれくらいにして、この作品は昭和40年代の沖縄返還協定の裏に隠された日米のお金に関する「密約」を暴いた記者のお話し。

正直、沖縄返還自体は子供ながら相当なインパクトで記憶に残っているけれど日米で交わされた密約って?というのが私の認識レベル。
難しい部分もあったけれど、読んでみてわかった事は、戦後20数年経った時点でも、アメリカからはあいかわらず占領国と見下され決して対等な外交交渉はしてもらえてなかったという事がひとつ。
そして東京に住む政治家や官僚などの偉い人たちにとって、沖縄の住民達というのはあまりリアルな存在ではなかったのではないか、という事。
アメリカが返還のために地権者(日本人)へ払うお金を、裏で日本国家が負担していたという400万ドルの件。つまりアメリカは負担なくケリをつけられるよう裏工作をしたって話し。
他にも地元の人たちに信じられない程不利な条件で広大な土地を今までも貸してきたっていうエピソードも。
まるで恐い地上げ屋さんだか乗っ取り屋さんと手を切るのに身銭を切ったという話しみたいだbearing

新聞記者である主人公が国家機密の情報を入手するために、女性事務官に罪を犯させてまで書類を手に入れ、逮捕され、裁判になって・・・と、ドラマのような真実がベースになったストーリー展開が中心なのだけれど、まあその部分は『西山事件』の事や『実録・沖縄密約』みたいな事を書いた他の読み物でも知る事はできるのだろう。
私が何より読んでよかった、と感じたのは、物語の後半、有罪になった主人公が沖縄に世捨て人同然の状態で移り住み(この設定はフィクション)、命を助けてもらった土地の人と心を通わせるようになってから沖縄の生の歴史話しを聞き取っていく部分だった。
沖縄での地上戦の事は、たまにはドラマ化されたりNHKのドキュメンタリーでその時の様子を語る人が出演されたりするが、この小説の第4巻(最終巻)を読むと、「さとうきび畑」の歌に出てくる家族のような人たちが終戦後も全然終戦していなかったんだ、という事を知りショックを受けた。
終戦を知らされないために逃げ続ける沖縄の人たち、なかなか降参しない日本人にどんどん攻撃をエスカレートさせる米兵たち、その結果ドキュメンタリーなどで見るよりもっともっと恐い思いをして親戚全員の中でひとりだけ生き残った子供や、終戦直後に訳もわからないまま自分のすべての資産を取り上げられてしまった地主たち、母が米兵にレイプされた為に生まれたという自らの出自を呪いながら生きる女性などが大人になって、主人公に対して個人の歴史を語り、新聞記者としてかなりの知識があると思っていた主人公はその事実の悲惨さに愕然とする。
それを読んだ私自身も軽々しく沖縄の歴史を知ってるなどと言ってはいけないのだと思い知らされた。
自然災害だってそうだけれど、悲劇を語りたがる人は少ない。
でもどんなに我慢しようと思っても我慢にだって限界はあるし、かといって基地がある限り、いつもその歴史を思いださなければならない。
基地移転の問題について、果たしてどういう意見を持てばいいのか、色々な人の色々な主張を聞く度に「難しい・・・」という感想しか言えないふがいない自分だけれど、沖縄はたくさん国の犠牲になってくれた人たちの大切な土地なんだ、と今まで以上にきちんと考えてあげなきゃいけないな、と思った。
そしてやっぱり映像で入ってくるよりも、文章から読み取る方がよほどリアルに想像ができ、心に強く印象が残るのですね。
本、もっと読まなくちゃbook

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久々の川上弘美・・『真鶴』

少し前の話しになるけれど、歯がすごく痛かった週、頭も痛くなったり朝の寝覚めも悪く(多分歯痛で眠りが・・)、終日頭がボーっとした日が続いた。
そして偶然にもボーっとした感覚にぴったりの小説をたまたま手元に借りてきていたのだbook
それは川上弘美の『真鶴』。いや~久しぶりです。
真鶴とはもちろん土地の名前で、東海道線で神奈川から静岡方面へ移動していくと見かけるあの真鶴のことだが、特にこれといった印象はない場所・・・釣り?慰安旅行?

事前に読んだあらすじでは、夫に10数年前失踪された女性が、夫が残した日記の隅に書かれた「真鶴」という文字に導かれるようにその土地を訪れ・・・というものだった。

でも実際の読後感としては、妻と失踪夫の話しというよりは、ある女性と成長していく娘、そして母の3世代の女性たちの生活の話しで、これといったドラマチックな事件は起きないし、失踪夫が戻ってきて揉めたりもしない。

物書きの仕事をし、妻子持ちの彼がいて、淡々と、でも必死に生きてきた女性・京(けい)の心情がひたすら描写され続けている。

そして京は今を生きているのに、夫と出会った頃の事、結婚した時の事、出産した時の事、子育て中の時のことを回想し、「あの時のあれはなんだったんだろう」といまさら考えたりする、それこそ頭の中がボーっとしてしまってるのではないかという不思議なお母さんなのである。

私は出産も子育ての経験もないから、理解していいものかどうなのかわからない心情の描写がたくさん出てくるし、こういう人ってどれくらいいるのかしらとも考える。

例えば、まだ夫が失踪する以前、普通に平和な夫婦の間に女の子が産まれ、母になった京には、子に対して「いとおしい」という思いは生まれなかった、とある。でも「大事なもの」だった、という。子供が生まれても母性が生まれていないというような感覚なのだ。

しかし夫がいなくなり、ひとりで(親にも手伝ってもらいながら)娘を育てるようになって、娘を精一杯大切にしてきたし、今はとてもいとおしく思っている。

一方で中3になった娘は最近母とのスキンシップに嫌悪感を示したり、距離をあけるようになり、傷つく。片方が近づけば、片方が離れていくのである。

もちろん京は傷ついてることを表には出さず、なんともないふりをするのだが、急に娘が甘えてくる事があったりして、これまた嬉しいのになんともないふりをして応じる。

京はおそらく40歳くらいの設定だと思うが、子を持つ女性というのは母という仕事をこんなにセンシティブに努めているものなのかcoldsweats02いやでもこれは特別なケースだよねきっと。

更にこの作品の最も特徴的なのは、主人公・京の次に印象的に登場するのが真鶴に在住する(?)女の幽霊とおぼしき存在なのだ。

京は真鶴へ何度か足を運ぶことになるのだが、最初は「ついてくる」女(幽霊さんですね)を気味悪がっていたのに、そのうち普通に交流し始め、今日は何を食べたのかなんてやりとりをする程になる。土地に伝わる子殺しの言い伝えの顛末を後ろからついて来て話されているのに、コミカルなほど息のあったやりとりで会話するのが本当に川上ワールドだ。

楽観的なのか、情緒に欠けるところがあるのか、この人は・・とわからないまま読んでいったが、やはり普通に考えれば夫に失踪されるという尋常じゃない出来事も、シングルマザーとして子育てしていくことも、受け止めきれないのに無理やり受け止めて生きてきた分、人生の時間を止めたまま過ごしてきたのだった。

『真鶴』という静かな海の町で、京は「ついてくる」女に導かれて「死」の淵のようなものに歩いて行ってしまう。そこで夫との再会という夢か幻想かわからないような体験をし、やっぱり自分は娘がいるんだからこの先へは進めない、と海へ入らず目が覚める。

彼女の時間はやっと動きだしたんだなあ、とわかるエンディングまでの部分の展開はなんだか泣けてしまうようなものなのだが、やっぱり私には京に感情移入をしたり、共感するようなものを感じることはなかった。

もしかしたら母という立場を経験している女性が読んだとしても、全然共感できないんですけど、という人も結構いるかもしれない。

ただ、川上弘美だなーと思うのは、人が人に情を持つ瞬間って、そういうもんだよな、という感覚。

そして一緒に暮らす母と娘というのは、毎日毎日何かしらの小さな感情を持ちながら生活するものなんだよなーという共感。

自分の娘を見て、母を理解する、というのは実際こんな感じのものなのかなとも想像する。

この作品は、海外に翻訳出版されている川上弘美作品の中でも人気のほう、と聞いたことがあるけれど、確かについてくる女との描写は、ヨーロッパの幻想小説好きには好まれるのかもしれない。

でもこれを読んで真鶴に行ってみたい・・・とはちょっとならないかもしれないな。勇気がないと。

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おんなのひとりごはん

寝る前に読む本といえば、あまり混み入った内容の小説だと夢に出てきてしまうので、エッセイを読むことが多い。
とはいえ、ずいぶん長いこと図書館で本を借りていなかったことに気がついたbook
3月くらいからずっと小説とかエッセイって読んでなかったんだっけ。

それで先日借りてきた本がこちら。
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平松洋子「おんなのひとりごはん」




料理本の棚にあったものだが、これはショートストーリーの形をとったエッセイのようなもの。
平松洋子さんという人は、食や旅、主にアジアと国内を中心としたものについてエッセイをたくさん出しているのだとか。

この本のおもしろいところはふたつ。

ひとつは、20章それぞれに別の女性(もちろん架空の)が語り手として登場し、「うどん」「とんかつ」「カフェ」「寿司屋」などそのテーマ毎の「ここぞ」というお店(これも架空)で食べてるという設定。

どの彼女も東京で働いていて、シングルだったり子持ちだったり、悩みがあったり管理職だったり。

お店のほうも、ここは「たいめいけん」の事じゃないか、とか行った事がある人ならぴんとくるような描写が多く、でもあくまで架空のお店ということになっている。

もうひとつは巻末の数ページに渡って、実際に著者が「おんなのひとりごはんのできるお店」と言い切れるお店100店のリストがついているところ。
リストにはあらゆるジャンルのあらゆるお値段のお店が掲載されていて、各お店ごとに著者のコメントが親切に書かれている(ちょっと地球の歩き方っぽい)。
ご本人が自信を持って勧められる店という事で、何度も行った事のある「著者の行動圏内」にある23区内のお店ばかり。う~行ってみたいとこだらけだbar

本当にさらっと読んでしまえる本なのだが、どの章も、出される料理についての描写や、味の表現があまりに絶妙でお腹が鳴りまくってしまう・・・happy02

読み始めて早速2章目にとんかつ。

とんかつ屋のおやじさんが厚~いお肉を切って衣をつけて油で揚げるところから描写していき、キャベツを弟子の若い兄ちゃんがしゃっしゃっと手早く細くきるところまで・・・くぅ~食べたいlovely
他にも讃岐うどんの弾力のある麺に惚れ、密かに8日連続で同じ店に通うOLさんが、たまたま先輩に鍋焼きうどんの絶品のお店に連れて行かれ「また知らない世界を知った・・」などとうっとりする章があったり。
子供のお弁当を作り始めて、初めて母がどんなに大変だったかがわかり、ついでに外で食べるとおいしさ3割増しな事を実感したり。

外に出かけることが少なくなっても、こんな文章を読んでいると自分自身で食べ歩いてるみたいだなあhappy01
ひとつだけ難を言えば、登場人物の名前がミカンだのコマチたのボタンだの現実離れしているのがわざとらしいだけれど、女性が「外でごはんを食べる」という事にお店の雰囲気や他のお客さん、そしてお店の接客がいかに大きく関係してるかを象徴するエピソードもちょこちょこと登場していて、大体の女性が「そうそう」とうなづくだろうなあと思う。

実は外でのひとりごはんはとっても苦手な自分だけれど、こんな本に出会うとちょっと関西でももっと開拓・・・と喉が鳴ったような気がrestaurant
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森 絵都作品もう1冊『いつかパラソルの下で』

ドラマの「風に舞い上がるビニールシート」は、後半に入りどんどん原作と離れてしまっていて、篠原ともえに至ってはもはや「?」の世界なのだが、原作はとても気に入ったので、もう1冊、森絵都さんの作品を手に取ってみることにしたbook

今度の作品は長編で、3年位前に出版された『いつかパラソルの下で』という素敵なタイトルのお話し。

でも読み始めてみると、登場人物となる3人の兄妹(正確には兄・姉・妹)は何れもかなり淡白で、家族愛とは遠い所に存在している20代の若者達で、とても魅力的とは思えない。

事故で急死してしまった父親の1周己をする為に、多少ヒステリック気味に家族を集め、進行しようとしているのは、実家に残っている妹だけで、その妹も父親のあまりにも厳しい幼少時代からの教育で、化粧っ気もなければ変なワッペン(五重塔とか)のついたポロシャツを着ているというファッションセンスの持ち主だ。

兄や姉は、その父の厳格教育にうちのめされ、ひたすら耐え、20才になったらさっさと実家を飛び出し、その反動で仕事もテキトー、一人の異性と長く交際したりできない根無し草のような若者になってしまっていて、妹に「恥」呼ばわりされている。

急に夫に死なれた彼らの母も、現在は週3日位はどこかが痛くなって病院に行くという行動以外は、全く無気力になってしまい、この1年で家も荒れ放題になりつつある。

ここまで読んで、「このお話しのどこが、『いつかパラソルの下で』という素敵なタイトルにつながるんだろう?」と不審に思うというか、想像できない位、どんよりした展開を我慢して読み進む。

話が少しずつ展開し出すのは、その、ただひたすら厳格で、成人した子供達と一切心を通わせずに亡くなった父親に、職場で女性の影があったかも、とか、同郷(佐渡島)の唯一の友人というおっちゃんから、父親のお父さんという人が、島で伝説(女性関係)の男だった、という話を聞かされたあたりからだ。

あの「面白味の全くなく、だいっ嫌いだった」父親という男性と「不倫」がどうしても結びつかず、こんなダメな大人になっちゃった自分達のルーツには、父親の血に何か自分達を納得させるような過去か理由があるのでは、と思い込み、父に聞くことが出来ない今となっては、自分達で尋ねるしかない、とおっかなびっくり父の過去を探り始めるのだ。

そこに海が登場する。最初に熱海の海岸、そして佐渡の海wave

熱海は「めんどくさくなっちゃったから、ここでのんびりビールでも飲んでたい~」の海岸。

一方佐渡では、海を見る事で、気持がするするとほどけていくような、そんな役割の海。

3人の兄妹は、子供の頃から仲が良い方ではなかったようで、20代中盤になった今も会話も若干喧嘩腰なのだが、それでもやはり一緒に育ってきた肉親。

父の知りありを訪ねる熱海へのドライブや、父の故郷・佐渡を訪ねる小旅行の道中も、その会話は本当によくある身内のツーカーの会話だ。

全て本音で、他人だったら傷付きそうな苦言も身内だからあえて言っちゃう、というちょっとハラハラするやりとり。

兄弟姉妹って本当に不思議な関係ですよね。

やっぱり自分にとって、一番長い期間知っている同世代の人間だから、格好付ける必要もない分、なんか素直にほめあったりはできないような。特にまだ20代だったらね。

でも何か必要性があって久々に長時間一緒にいると、あっという間に子供の頃と全く変わらないくったくのない関係に戻っちゃう。そして次から次へと思い出す子供の頃の思い出。

そんなとってもリアルな感覚がずっと彼らの会話で表現されていて、後半になると、自分もこの一家に加わってずっと話しをしていたような気分になってしまうのだ。

父親がもっと長生きしていたら、こんな風に父のルーツを訪ねたり、父を許したり、兄妹が心を通わせたりする事はなかったのかもしれない。

でも父に直接聞いてみたいことだってホントはたくさんあった。でも生きていたら親子はずっとそっぽを向いたままだったかも・・・。

だから父が事故で亡くなったことがこの子供達にとって良かったとか悪かったとか、結論は出ないのだが、色々なことがわかった佐渡からの旅のあとに3人と母に少しづつ変化が起こる。「大変だったけど、いい旅しましたね」と言ってあげたい感じだshine

親子の関係が微妙にデリケートになったといわれている昨今、厳しく育てても、優しく育て過ぎても、成長過程で子供が唐突に遠いところ(気持や態度で)に行ってしまい、母親ががーんとショックを受けることがあると聞く。

でも所詮は家族。タイミングはどんな時かわからないけれど、意外にささいなきっかけでその距離が縮まることってあるのかもしれないな、と思った。

なーんて、子育てしてない私にとっては半分希望的な意見ですけどねsweat01

<今日のお花>

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昨日庭でひたすら雑草抜きをして、最後にチェリーセージを摘みました。

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食卓にハーブを飾るといい感じですnote

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「1Q84」読了。感想を言葉にするのは難しい。

今朝の朝刊に入ってきた広告をペラペラとめくっていたら、市の広報紙があって、何ともう今年の「阿波踊り」のチケット発売の案内が書かれていた。

そうか~confident7/1発売開始っていうと結構先だと感じるけれど、もう2週間後なのね・・・あっという間だなあ。

最近は、平日の夜は毎日阿波踊りの練習の音(太鼓や笛の音)が聞こえてきて、「今年も夏が来るんだなー」(←当たり前)と感じる今日この頃。

ところで話しは読書の話題。発売初日に手に入れた村上さんの「1Q84」、先週やっと読み終わったbook

テレビでも新聞でも、記録的な売れ行きである事をすごい!すごい!と甲高い声で紹介しているのを見ると、「この人絶対読んでなさそうだな」と違和感を感じる。

ブームとかベストセラーとかいう言葉とはなじまない、深ーい作品だと思うんだけど・・。

ストーリーに細かく触れて感想を書くのは良くない、というか難しい小説なのだが、いわゆる読後の感想を一言で表せない、複雑な感覚を今感じている。

この小説の最初から最後まで、交互に登場する「青豆」さんという女性と、「天吾」君という男性は、表面上普通に生活している目立たない30歳の社会人なのだが、章が進む毎に子供時代の境遇や、いま「目立たない普通の大人」として静かに生活するまでの本人達の生き様が徐々にわかってくる。

自分の友達にこういう子はいたかな?と考えると、正直身近にはいないタイプだ。

なんせ二人とも早くから「一人で生きていく事を選んできた」ひと達だから。

でも、今まで一生懸命パターン化してきた日々の生活の中に、村上春樹が仕掛けたこの世界で思わぬ変化が起きはじめると、青年でもなく中高年でもない「成熟した大人としては発展途上」である30歳の男女が、夢中で受け止め、考え、行動し、さらに巻き込まれていく様子を「ハンカチを握りしめ、黙って見守る」ことになるcoldsweats02

小説の重要なモチーフとしては、「カルト教団」とか「DV」といったようなものも出てくるけれど、村上春樹はそれらについて、何かドラマチックな展開を持って存在を否定したり、戒めのように崩壊させたりはしない。

逆に、以前の著書「約束された場所で」(オウム信者へのインタビュー本)で、実際のカルト教団の信者、元信者と接触し、村上さんが得たであろう感覚というのがかなり反映されている、と感じた。

親が信仰宗教の信者である家の子供とか、教祖と呼ばれる人の家族とか、本当は普通の人とほんの壁1枚のところに生きてるのかもしれない。何かが狂ってしまったのだろうけれど、同じ人間ね、と感じることができる人がいるのかもしれない。

この小説にも、ごく普通に登場してきて(多少個性的ではあるけれど)、主人公達とも会話を交わすことができ、ややもすれば信頼関係ができそうなほど魅力的な人達が出てくる。

小説の文章の中では「親の愛があれば宗教になど走らない」とか「ねじれた愛情が人間を曲げる」などという説教じみた事は一切書かれていない。

あくまで青豆さん、天吾君、他の魅力的な登場人物達が、毎日少しだけでも幸せや喜びを感じる人生を送ろうと、それぞれの役割を一生懸命頑張っていることを淡々と描いている(ように私は感じた)。

下巻の後半では、いくつかの謎解きもされないまま、途中から出てこなくなっちゃった人の消息にも触れないままここで終わりかい、と感じた読者(村上小説初挑戦の人に多いかも)もいるかもしれないが、私はこの「この先を想像させる感じ」の終わり方でとても満足shine

読み終わっても、登場人物がまだどこかで続きのストーリーを展開しているんじゃないか、と思わせるところにやっぱり村上春樹の文章のすごさを感じてしまうのだ。

きっとネットで色々検索すれば、絶賛や批判、裏読みやうんちくに関していくらでも熱い議論が展開されているんだろうが、私はできれば、読み終わった人と「この人はあれからどうしてると思う?」とか、「この登場人物のこと、結構好きだったなあ」とか、のんびり話しあいたいと思う。

まずは相方君、頑張って読み終えてくれたまえ。

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森 絵都「風に舞いあがるビニールシート」

昨日はちょっと憂鬱な感じの雨でしたねsprinkle

今日は雨も上がり、まだ快晴とまではいかないけれど、すっきりとした気持のよい空気shine

それに朝のテレビでは、SMAPの草なぎ君が爽やかな復帰会見をしていて、汗びっしょりな額を見て「頑張れよー」と母の気持になったconfident

ところで数日前に読み終えたところだった本「風に舞い上がるビニールシート」。なんだかすごくタイムリーなタイミングで読んだみたいbook

森絵都さんは、以前から気になっていた作家なのだが、図書館ではいつもオール貸し出し中のことが多かったし、初めて読むならキョンキョンもお勧めの「ラン」からかなあ、なんてうっすらと思っていた為、なかなか近づくことができなかった。

2週間位前、図書館(ここは県立で、予約ができない)に行ったら偶然「風に舞い上がる・・・」だけが棚にあるのを見つけ、「おっ、知らない作品だけど借りちゃお」と借りてきたのだった。

最近NHKは番組をきっちり時間いっぱいやらず、合間に番宣ばっかり流すのが気にくわないのだけれど、今週NHKを見ていたら、何とさっき読み終わったこの作品が土曜日からドラマとして始まるって・・・すごい偶然にびっくりcoldsweats01

それにこの本って直木賞もとってるんですね。読み終わってから知ったけれど、確かに良い本だと思ったdelicious

この本には、6つの短編が収められていて、表題のお話しは最後の1作品だ。私と同世代の女性作家は、やはり同世代の女性を主人公にしている作品が多いように感じるので、この6作品もそれぞれ女性が主人公?と思ったらそうではなかった。

超人気女性パティシエのアシスタントとして振り回されている女性が岐阜に焼き物を探しに行き、人生の方向転換の舵を切ってしまう話。

捨て犬救済ボランティアの資金稼ぎの為にスナックで働く普通の主婦の話。

フリーターをしながら夜間大学に通う男性と、課題代筆の神様と呼ばれる謎の女性の話。

仏像彫刻を志半ばで挫折し、仏像修復を仕事にしていた50代の男性が、ある仏像と自分との因縁を振り返る話。

取引先の若い営業マンとクレーム処理の為、同行し、世代間ギャップを感じていたはずが世代を超えた絆を生んでしまう話。

そして表題の作品は、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に転職した女性が、フィールド(現地での支援活動)に命をかけているアメリカ人男性と出あった事により、大きな幸福感と、絶望感を味わい、それを乗り越えようとする話し。

どれもこれも少し切なくて、でも登場人物にエールを送りたくなってしまうような話しばかり。そして何といっても素晴らしいのは、それぞれに各分野(美濃焼きとか、仏像彫刻とか、UNHCRとか)のすごく専門的な知識をきちんと取材されているので(推測ですが)、登場人物達が立っているその現場の記述にとてもリアル感があることだ。

「風に舞い上がるビニールシート」では、主人公が出会う男性・エドが「世界には、強い風が吹いたら軽々と吹き飛ばされていくビニールシートのような弱い人々の命やささやかな幸福がたくさんある。それは誰かが手をさしのばして支えてあげなければならない。でもおさえてもおさえても、世界中に空を真っ黒にぬりつぶす程のビニールシートがあるんだよ。」というような事を、主人公の里佳に言うシーンが出てくる。

アフガンなどの「フィールド」で活動する事に人生を捧げる男性と、自分の愛で彼に癒しの場を作ってあげようと努力する女性。

それぞれに精一杯の情熱を注ぎ込む二人共、お互いにぶつけあう言葉がはに溢れていて間違っていないのだが、自分自身の幸せあっての仕事(支援活動)、という女性と、殆どキリストの様に奉仕のみに命を捧げる男性の愛はやはり方向性が違いすぎるのだ。

後半、里佳がどのように悲しみを乗り越えていくのか、もう一気に読まないといられない感じだった。

もう残り数ページになった数日前、銀行に行く用があったのだが、行ったあとに速攻で近所のマクドナルトに飛び込み、一気に最後まで読んでしまった。

そして最後を読んだ時、じわっと涙が出たweep外で読んで失敗だったわ・・と思う気持と、いいエンディングだな、という感想が変わる変わる湧いてきた。

森絵都さん、もっとたくさんの作品を読んでみたいと思う。

<読書のお供>

372 紅茶を飲むときは、こんなカップを使っています。蓋をしてしばらく置いて・・。

371

蓋をとって逆さまに置くと、ストレーナーを置く台になるんです。便利heart04ガラスのカップもおしゃれな感じcafe

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佐藤多佳子「一瞬の風になれ」に清涼感を感じた

今日は夏の日差しですsun

朝、お花に水と肥料をやっている時も、背中に暑い太陽を感じるようになって・・・とうとうやってきたか、という感じのジリジリ感。

そうだ、黒い服って太陽の光を集めちゃうんじゃん・・と小学校の理科を思い出した時には、既に背中がポカポカとホカロンを背負ったようになっていたcoldsweats01うーん気をつけないと、紫外線もwobbly

ゴールデンウィークの間は、本を読む時間も殆どなかったのだが(遊びすぎ)、終わってからの数日で、図書館から借りていた本を全て読み終わってしまったbook

そのなかでも、全3巻を読み終えて、終わってしまって寂しいような、でもすごく充実感のあるようなそんな小説がある。

佐藤多佳子の「一瞬の風になれ」というのがその作品だ。

2006年の本屋大賞に選ばれたので、その時に作品名を知り、いつか読もう、いつか・・・と思いつつ、「高校生の部活が舞台の青春小説」とあと回しにしてしまっていたもの。

ところが最近、すごい事実が判明・・・といっても個人的なことなのだけれど。それは、この小説が、私の母校の陸上部がモデルになっていると知ったからshine

実際にはモデルというより、作者の佐藤さんがこの小説を書くために3年に渡って取材した「県立高校の陸上部」というのが、私の出身高校だったという事なのだけれど。

読んでみると登場人物達の通学路から、校庭の様子から、試合で行く運動場から、乗る電車から、マクドナルドまで、全部手に取るようにわかる懐かしいところばかりweep

私は吹奏楽部なので、陸上部がどれくらい強かったのかもあまり知らないのだけれど、小説を読みながら、ここまで「絵が浮かぶ」状態でお話しを追うことができるのは新鮮な経験だった。

ただし、この小説、こんな個人的な思い入れがないとしても、部活をやった事がある人、何か運動に打ち込んでいた人、にとっては「読んでよかった」と感じるお話しだと思う。

この本は、主人公の神谷新二君の一人称の語りでずーっと展開していく。そして全3巻、これは新二君の高校3年間であって、陸上素人の新入生から、成長してアスリート魂を持ったキャプテンとなり、後輩を育てたり、リレーチームをまとめたり、奮闘しながら大きなものをつかんていく様子が、躍動感ある文体で描かれていく。

主人公は本当に「君はいい子だ!」と言ってあげたくなる程、まっすぐな少年なのだが、他の登場人物もひとりひとりとてもいい存在感をはなっている。

運命の親友といってもいい天才スプリンターの一之瀬連君や、熱い心を持った顧問の先生、Jリーガーになった憧れのお兄ちゃん、子供達をあったかく応援し続ける両親、言葉のひとつひとつに信念のある先輩、才能があるのに問題児の後輩、とそれぞれが新二君の3年間に入れ替わり立ち替わり関わって、そしてみんなが新二君を囲んで深い絆で結ばれていくように見える。

ただダラダラと高校生活が描かれているわけではないのは、「100m×4リレー」が特別思い入れのある競技として出てくるからだろう。

昨年の北京オリンピックでもとても感動的だったこの競技。浅原選手がバトンを投げ上げて高原選手と抱き合ったのには思わず涙したなあweep

個人のタイムよりもチームワーク(バトンパス)が結果を決める程、フィールド競技の中では特殊なものだそうだが、どのように練習をし、どんな要素が記録を伸ばすのか、作者の取材の賜物だと思うが、事こまかに練習の様子が描写されていてとてもわかりやすい。

読後の清涼感は、最近読んだ小説の中でも特別強いものだったし、陸上競技そのものにもかなり興味が湧いてきた。

そういえば先週、スポーツニュースで陸上女子のリレーがすごい記録を出したとテレビでやっていたなconfident

いつも団体競技ばかり応援しているけれど、これからは織田裕二並に陸上を熱く応援しよう、と思ってしまった単純な私ですflair

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俵万智のエッセイ『百人一酒』

毎晩寝る前にお布団の中で少しだけ本を読むのだけれど、少し前にaccoさん(このブログによくコメントを寄せてくださる)推薦の東野圭吾『毒笑小説』にハマってしまい、寝てもへんてこな夢ばかり見てしまう日々が続いたcoldsweats01

短編のお話しどれもがシニカルで、でも身近にありそうでなさそうなお話しばかり。

おもしろかったんだけれど、頭の中でイメージを膨らましすぎるのか、色々な人が出てきて毎晩色々な事をした(夢の中で)。

えっと例えば、昔の職場の皆で、徳島西部の大歩危(おおぼけ)にある渓流をカヌーで渡ろうと息を合わせて漕いでいる、とか。本の内容とも全く関係ないのが不思議だ。

宮部みゆきの小説を読んでいるときも大体そんな感じで、だから夢の中で古い友達とか会社の人とかに会えるから楽しいっちゃ楽しいのだが、朝の目覚めはとても悪いのだ(すごい疲れてる)wobbly

その点ではエッセイはとてものんびりと眠りにつける。読み終わったばかりの俵万智の「百人一酒」は、タイトル通り、お酒にまつわるエッセイで、2000年頃から2年間、大阪の朝日の夕刊に寄せて書かれていたものらしい。

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歌人であるから、もちろん色々な旅先で出会ったお酒、お酒と共に食したおいしい食べ物もたくさん書かれているが、それ以外にも、仲間で持ち寄って花見の宴を開いた、とか、最近の居酒屋チェーンはなかなか料理がおいしくて「進化している」と感じたとか、庶民的な話題もたくさん書かれている。

例えば大阪・西区にある島田商店というところでは、地下セラーに居心地のいい試飲コーナーがあるらしい。ガラスのぐい飲みがたくさんあって、冷蔵庫から自分でボトルを選びだしてもいいし、ご主人に相談してもいいし、何を飲んでも1杯200円なんだそうだ。試飲にも「流れ」があって、それぞれの味わいを最も感じられる順番も教えてくれるんだって。

わぁ~そんな酒屋さん、行ってみたい~lovely

又、芝居好きの万智さんが、新国立劇場での観劇の後、感動をひとりで処理しきれず、まっすぐ帰る気になれないでいたら、「俵万智さんですか?」と話しかけてきた、同じ芝居を観た青年達とひとしきり感想を言い合い、語りつくせず焼き鳥屋に飲みに行ってしまった話なんかもある。

そして最後の方には、なんと彼女が数年間新宿ゴールデン街のバーでアルバイトをする事になる顛末が書かれている。そうそう、一時、「あのサラダ記念日の歌人が未婚の母となり、ゴールデン街で働いている」みたいな記事を見かけたんだ。

どうやらバーカウンターの中の人になりたい、というのは昔からの夢でconfident立松和平さんの娘のバイトのピンチヒッターに立候補したというのが真相のよう。

月に3回位手伝う日がとても楽しくて、そこには常連客の暖かい見守りや、文壇の友人の訪問なんかもあってとても楽しい経験だったみたいだ。

川上弘美が来た時は、常連さん達も喜び(リアル『センセイの鞄』だ!なんて)、柳美里が来た時はしーんとして、なんて面白そうではありませんかhappy01

この本、お店が了承している先については、各エッセイの最後に、お店の所在地や、電話番号なんかも書かれている。

今はちょっと遠い話だけれど、万智さんが気に入ったお店、また東京や大阪に行った時には訪ねてみたいなあ。メモメモbook

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村上春樹『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』を読むと・・

最近お風呂でゆっくり温まる為に、本を持ち込むようになった。

バスタブに長く座ってなきゃと思うんだけれど、ついつい働いていた頃の「早く出て、早く髪乾かして、早く寝ないと」の感覚が抜けず、さくさく出てしまうから。

昔は、浴槽で本を読むなんてすごいなー、コンタクトはずさないのかな・・本は濡れて肥大化しないのかな・・と不思議に思ったものだが、やってみると意外に簡単なものですねbook

「風花」を読んでいた時は、毎晩ストーリー性のある夢をみちゃって大変だったので、年末年始は気軽なエッセイを読もうと思い、家にあった「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」を読んだ。村上春樹の1999年のエッセイだ。

サントリー向けの企画で、ウィスキーをテーマにスコットランドとアイルランドを旅して書かれた文章。どちらの国もきんと寒い冬の空気にイメージぴったり。

前半のスコットランド編ではシングル・モルトの聖地、アイラ島というところで醸造所を見たり、この島の人しか飲まない(おいしくて自分達だけで飲んじゃう)ウィスキーを飲ませてもらったことなどが書かれている。アイラ島の牡蠣はウィスキーをたらして食べるとめちゃおいしんだそうなhappy02

私はウィスキーに目がないというわけではないので、飲みたい~という気持ちにはならないが、1ページおき位に掲載されている現地の写真(妻の陽子さん撮影)の羊さんや牧草地を見て、数年前に行ったエジンバラの事を思い出したheart04

後半のアイルランド編で、村上さんは色々なところのパブに行ってみるのだが、これもまたエジンバラからレンタカーをしてイギリスのリーズというところまでずーっと車で旅をした時の思い出が・・・shine

村上さんがひとりで小さな町のパブに入り、隣にやってきた老紳士を観察するところなんて、一緒に居合わせたみたいな感覚になる。夜9時位なのにきちっとネクタイをして、スーツも・・・でもやはり布地にはくたびれ感があって、ポケットからいつも飲むウィスキー1杯の代金分のコインが出てくる。何も言わずにバーテンがウィスキーグラスを差出し、その老紳士は12分位かけて、体全体にしみ込ませるようにひとくち飲んで、何か考えて、またひとくち、と静かに存在しているのだそうだ。そして飲み終えるとそっと微笑んで帰っていく。

村上春樹の文章は、観察相手への愛情にあふれているので、読んでいても、その老紳士の人生を知りたくなってしまうような気持ちになるし、村上さんと老紳士がお互いに行儀良くカウンターに座っている様子を見て見たい気持ちにもなる。

私がイギリス北部を旅行していた時も、小さい町に泊まるとこが多かったので、ほぼ毎晩夕食はパブで食べた(もちろん飲んだ)restaurant

小学校の図書館には必ずあった本「嵐が丘」の舞台であり、作者のブロンテ(姉妹)の出身地であるハワーズという町に泊まった時には、日本人どころか観光客にも殆ど会わず、ぶらぶら歩いて発見したパブに入った。時間はまだ夕方6時前だったと思うけれど、もう地元の人達がたくさんビールを飲みながらおしゃべりをしていたbeer「エジンバラもそうだったけど、こっちの人ってあまり残業しないんだなー」と思いながら店内をぐるっと見ると、奥のテーブル席に、70代後半位じゃないかと思えるイギリス人のおばあちゃんがビールを飲んでいた。日本で言えば、デパートの中の喫茶店なんかで、すごく慣れた感じで一人お茶をしているおばあちゃんと同じ感じだ。

でもお店の人によく聞いてみると、その店はドリンクのみで食べ物はない、といわれたのだ。確かにみんなテーブルの上にグラスだけ置いて飲んでる!

という事はあのばあちゃんもビールを飲むためだけに来てるんか!とすごくびっくりした。

びっくり顔の私達に、入り口近くにいたお客さんが「この坂の下にある○○というお店なら食べ物があるし、一番おいしいよ」と教えてくれてそこにも行ってみたのだが、そこも老若男女、たっくさんのジモティー(死語?)であふれていた。

ビールももちろん安くておいしかったですよwink旅の思い出はこういった地元の人にまざって過ごしたことの方が印象に残るのだ。パブ、また行ってみたいなあ。

アイルランド、首都はダブリン。いつの日か訪れて、村上さん推薦の通りレンタカーで旅してみたい。

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川上弘美『風花』を読んで感じること

今年新しく出会った作家の中で一番ハマった川上弘美さん。

まだブログを初めて比較的間もない頃に、『センセイの鞄』の感想を書いたところ、すごくたくさんの友人達から「私も前に読んだよ」と言われ、遠くに住んでいるのに手に取る本が同じってなんだか嬉しいなぁと感じた。

もちろんとても良い作品だし彼女の代表作のひとつ、というのもあると思うけれど、それでも普段全然別に暮らしているのにおんなじものをいいって思う価値観というか、電話しようと思ってたらその友達から電話が来たような『つながってる感』を感じてうきうきした気分にもなったconfident

その後、たくさんの川上作品・エッセイを読み、心が暖かくなったり、せつない気持ちになったりさせてもらったが、最近『風花』という作品を読み終えたのでその感想を少しbook

主人公は「のゆり」という女性。結婚している30代前半の女性なのだが、少女の様にナイーブでどんなグループの中にいても「おとなしいね」と言われそうなタイプ。冒頭からそんなのゆりさんが、夫に3年愛人がいて、それを夫に公言されてしまったのに話し合う事を避け、怒り狂わずに淡々と暮らしているという状態から始まるもんだから、「あるあるこんな話し」とも思えず、誰に感情移入していいかわからずとりあえず読み進んでいった。

ところがこののゆりさん、全280ページ程のこの本の中で、ものすごーく変化していくのだ。

最初は、新幹線改札口でどっちの切符(乗車券OR特急券)を入れていいかおろろしていると、後ろのおっちゃんに舌打ちされて「こわい・・」と思ってしまうような大人ずれしていないのゆりさん。年が近い従兄弟のような叔父と温泉に行って、露天風呂の壁に「死んだら最後」と(いたずらで)掘り込んであるのにひとり気づいてしまうのゆりさん。何かユニークな感じもする。いつも人混みをささっと通りすぎるように生きてきた人なのに、歯科医院で働き始めたり、医療事務の講座で知り合った男の子と微妙な距離で付き合っていく(といってもお茶したり)うちに、すこーしずつ変化し始めていく。

大して親しくなかった会社の先輩から、強引に沖縄旅行に誘われ(「子供いないから大丈夫でしょ?」って言われて)、完全に先輩の一方的なペースでつき合わされ、話しを聞かされ、自分と夫との危機を打ち明けようとしたら無視され・・・と、あ~こういう都合良くおとなしい相手を利用する女性っているなとげんなりするところなのだが、彼女はその先輩を観察し、自分を冷静に見つめる時間として過ごしていく。

その後夫から「やっぱり別れたい」と言われてからののゆりさんがすごい。一見消極的で、おとなしい女性、という外側の印象は変わらないのだが、堅い信念の元、「自分の心の底で思っている事を、相手に伝える」と決心して行動を夫に対して起こし始めるのだ。それがホントに可愛くて。まずは相手から顔をそらさずに自分から気持ちを伝える。相手が引いてしまっても「頑張れ頑張れ」と心の中で励まし、アイロンを力強くかけたりしながら意志を伝え続ける。そして、そんな自分を「ろばの様に頑固」と思う自分。要は貴方が好きだから絶対別れない、と言い続けるのだ。これって思春期の少女が片思いの人に死ぬ気でアタックしている感じですよね。

でも後半にいくに従って、些細な事にはおびえない、たくましさを内に秘めたのゆりさんは、これからの人生の選択に対しても自分の意志で、自分の決断をする。少し意外な結末。

ピュアな人が強くなると、真っ直ぐで堅ーい決断をするから、相手はもう勝てない。自分は自分の家族に対してこんなに誠実に接してきたかな、って考えさせられる位真っ直ぐなのゆりさん。最近「婚活ブーム」とかで結婚する為の過程ももちろん大変なのだけど、結婚した人と本当に家族になるって思った以上に大変なのかもしれない・・・と思ってしまった。今頃何言ってるのって感じなんですけどね。ちなみに私の中でののゆりさんのイメージは、ちょっと年が若いけれど蒼井優ちゃん。ちょっとおっとりしているけれど芯の強い目をしているところが合っているかなあ・・と。

もちろん人と誠実に付き合う姿勢は身内だけでなく、自分がかかわる全ての人間関係に言えること。来年も正直に、そして明るく生きていきたいと思います。それでは皆様よいお年をfuji

<年末の花壇>

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ビオラが咲き揃ってきましたよ♪

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